ゲームサイドUG neo

ゲームサイド編集部の何か

スーファミ版うしろに立つ少女と向き合ってみた

いつもどおり、適当な雑談をしてたら「その話、こっちのブログにでも書いておいたら?」と、久々に編集長からなんか書け、とお達しが来たので、書く。闇営業とはいえ、当局において編集長権限は絶対なのだ。

 

 

昨年の話になる。

 

3DSバーチャルコンソールで『ファミコン探偵倶楽部』の『消えた後継者』『うしろに立つ少女』2作品を、たて続けにプレイした話を編集長にしたら、スーファミニンテンドウパワー配信版『うしろに立つ少女』もぜひプレイすべし、と猛烈に勧められたので、実機でやってみた。

 

f:id:gameside:20140110144504j:plain

 

自分がやる前から編集長が「任天堂が本気を出してアドベンチャーを作ったらこんなにすさまじいゲームができるんだよ!」と言ってて、いきなりこっちのハードルをぐんぐん上げられてどないしょーと期待と不安があったが、実際に始めてみたら……驚いた。ドット表現が……細かい!

 

f:id:gameside:20140110144522j:plain

 

スーファミ以降でドット表現や技術ががさらに極まったゲームも数多くあるのだろうが、単にオブジェクトだけでなく、プレイヤーの気持ちまでも揺さぶるというか、立ち絵のキャラクターがここまで生き生きとしているゲームは、そう簡単に出てない気がする。

 

特にあゆみちゃんが悲しみや恐怖でワナワナと震える様子などが、ひたすら繊細で顕著だ。相手との会話中、何かひっかかる質問や核心を突くと、一瞬だけ目をカッと見開いたり、眉がピクリと動いたりなど、顔パーツのほんの微少な動きだけで、相手の表情をうまく表現できているのは、本当にすごい。ディスクシステム版でも眉の上下や目の大小などの表情切り替えはされていたが、あれが10倍以上細やかになったような感じ。表情の微細な変化と、たった一瞬でも見逃せない感情の一挙一動が捜査のヒントにもつながり、つい集中してしまう。

 

自分はすでにディスクシステム版をクリア済みだったので、リメイク版である本作は、あくまでリメイクの出来具合とストーリーやテキストを再度なぞらえるためのプレイと、当初は割り切っていたのに、いざやってみると、初めてプレイするような新鮮さと、重要コマンドを色別ハイライト化させるナビ機能やあらすじ再生機能など、リメイク版で導入された新システムへの感心の、新旧両方の体験ができたのだ。これは「温故知新」のたった四字では単純に言いきれないものがある。

 

随所で出てくるその場限りの一枚絵グラフィックもかなり多いのが、実に贅沢であり、ディスクシステム版ではその姿を見られなかった、校舎前にいる生徒たちの絵まで見られるのも、ちょっと嬉しい。

序盤でさえ衝撃を受けまくる中で、今後結末へ向けていったいどんなさらなる衝撃が待ち受けているのだろう、とストーリーが新章になるたびにますます期待が高まってゆく。

 

 

本作のキャラクター感情表現がどれだけすごいかを、誰かへうまく伝えるのはとても難しいのだが、たとえるなら、自分がアドベンチャーゲームでもっとも好きなタイトルのひとつである『逆転裁判』シリーズのキャラモーションは、カプコン格闘ゲームのキャラモーション文法をアドベンチャーの立ち絵パターンへ応用したもので、だからあれだけ動きが豊かに表現されているのだとして、アドベンチャーゲームにおいて、『逆裁』シリーズの立ち絵キャラの喜怒哀楽表現がモーション(動き)を極めたのだとしたら、『うしろに立つ少女』リメイク版はエモーション(感情)を極めているのではないか……? などともっともそうなことを言ってしまったが、とにかく今のところはモーションとエモーションぐらい違う、としか言いようがない。

 

本作はWiiおよびWii Uバーチャルコンソールでプレイできるので、プレイ環境があればいつでも遊べるのだが、自分としては、本作が『うしろに立つ少女』の初プレイでなく、できればディスクシステム版をプレイ後にやるといいと思った。10年でここまでゲームが進化したんだという驚きと時間の流れ、そして何よりも、さらに豊かになった人物たちの感情に、深く入りこむことができるから。